
南海トラフ地震の予兆なのか――。宮崎・日向灘で発生した最大震度6弱を観測した8日の地震。夜になって気象庁が初めてとなる南海トラフ地震臨時情報「巨大地震注意」を発表した。住民や自治体関係者は突然襲った大きな揺れや直後に発令された津波注意報に戸惑いながら、さらなる巨大地震の影におびえた。
「このままビルごと倒れて死ぬかもしれないと思った。こんな揺れは初めて」
毎日新聞
いつ何時どこで起こるかもしれない巨大地震。
備えなければならない。

とてもショックなことが判明。
何年前に買ったかもわからないほど使い込んだマウスがついに動かなくなって、あわてて飛び込んだ家電量販店でのこと。
「日本製はありませんね。家電のほとんどが中国製です。」と店員さん。
何十種類ならんでいるのか、その中に日本製は皆無。
やっと見つけてもらったのはベトナム製。
99%が中国製。
日本のものは輸入しない国から、ほぼ全部を輸入する、
嘆かわしい日本人。
平和の尊さ、語り合おう 記念式典「平和への誓い」 広島原爆の日

広島の平和記念式典で「平和への誓い」を朗読する子ども代表に選ばれた広島市立祇園小6年の加藤晶さん(12)と、広島市立八幡東小6年の石丸優斗さん(12)は、被爆者への思いを胸に、「家族や友達と平和の尊さや命の重みについて語り合いましょう」と力強く宣言した。
毎日新聞
「平和は願うだけではだめ」と、子ども達に言わせる社会を恥ずべきです。

旭の唯一の映画館活性化のために、映画を観ます。趣味と実益を兼ねて。
夏休みは孫と。もちろん冬休みも。
今日は「インサイド・ヘッド2」。
とても面白い映画です。頭の中で葛藤している様々な感情が、手に汗握る面白さで迫ってきます。
大人も観るべき映画です。
1944年8月4日 学童集団疎開第一陣出発

疎開地へ出発する児童たち 提供:共同通信社
学童疎開とは、激しくなった空襲から守るため、都市部の学童を近郊農村や地方都市へ集団移動させたこと。昭和19年(1944)7月から重要都市の国民学校初等科3年から6年の児童は、地方の縁故先をたどって疎開した。また、縁故者のいない児童は、学校ごとに親元を離れて旅館や寺院などの寮舎で疎開生活を送ることになった。
中央区HP
毎朝、NHKラジオ体操の前には「今日は何の日」という番組がある。
今朝は、終戦の約一年前に始まった学童集団疎開第一陣が出発した日だと流れた。
80年前の今日、子ども達は不安を抱え親元を離れて行ったのだ。
当時の児童は殆どいなくなってしまったに違いないが、必ず語り継いでいかなくてはならない。
たった80年前にあったこと。人間が想像力を無くし、人の痛みが分からなくなると、またいつ何時同じことが起こるかもしれないということ。
明日来る孫にも、ちゃんと話してあげよう。
