
生まれつき両腕がなく、バタフライは足のキックが頼り。コーチからは「体をムチのようにしならせて」と指導されていたが、今ひとつイメージが湧かなかった。
八景島のイルカショーで、同級生がジャンプする姿に熱視線を送る中、日向選手の目は水中の泳ぎにくぎ付けになった。頭の位置はほとんど変わらないのに、体をしならせて急加速していた。「これだったんだ」
イルカを意識した練習を重ねて1か月後の代表選考会で、自身の日本記録を1秒近く更新し、代表の座をつかんだ。
両腕がないことに「苦労したことはない」と言い切る。足を使って字を書き、スマートフォンでゲームに熱中する。親にスマホを自分の背丈より高い所に隠された時も、こっそり取り返すたくましさがある。学校も普通学級に通い、人なつこい性格で友達も多い。
読売新聞:パラリンピック競泳日向楓選手の記事
パラリンピックの選手の頑張りには、本当に力をもらいます。
「読書感想文が書けないんだって」と娘から、孫の夏休みの宿題が終わらないことへの心配の電話が。「書けない」は、できないんじゃなくて「やらない」ということ。
電話でこの記事を読み聞かせる間中孫は沈黙。きっとその意味を理解してくれたのでしょう。そして、孫に諭しながらわかったことは、この16歳の日向楓選手から学ぶべきは、私自身だということ。
「両腕がないことに苦労したことはない、と言い切る」強さ。「できない」なんて言葉は、彼の辞書にはない。運命を恨むことなく、必ず明日はできると疑わない。この強さを私も持ちたい。

昨日はなかったのに、いつの間に。
なんとも可愛い、そしておいしそうな名前。
「稲わらロール」。
これは絶対観光資源に間違いない。

猛暑の中、稲刈りが始まっています。
刈りたての田んぼには、サギが落ち穂拾いをしています。
全ての田んぼの収穫が終わった頃には、秋の気配を感じるようになるのでしょうか。

9月からというところもあるということですが、今日から2学期が始まった地域も多いかと思います。
読書感想文、自由研究、ドリル。みんな、夏休みの宿題は終わったかな。
私も、孫の宿題に付き合わされて、気が付いたら日付が変わっていました。
(なんで登校日の前日までやらないでいられるのかなぁ。まぁ、宿題もたくさん出てはいるけれど)
それにしても、今の子ども達の学びは、コロナによって大きく左右されているように思います。学校で履修しない、或はできなかったところを、自宅や塾でカバーするしかない状況のようです。
こういう状態が時代間の学力差となって表れるのでしょうね、きっと。何年か、何十年か先にコロナの時代を振り返り検証してみた時に。

特別夏休みらしいことがほとんど体験出来なかった孫と、大海原にいます。
う〜み〜は〜広い〜な、大き〜い〜なぁ〜♪ 行〜ってみたい〜な、よそのく〜に〜♪
この水平線の先に何があるのか。勇気と希望を胸に漕ぎ出していった先人たちに想いを馳せながら、思わず歌ってしまいます。
今はコロナで、水平線の先に行って世界を見ることが出来ないけれど、子ども達にはぜひとも世界に出て視野を広げて欲しい。
「井の中の蛙大海を知らず」ということわざがあります。中国の思想家の荘子が、「秋水篇」で「井蛙不可以語於海者、拘於虚也」と書いたのが由来です。「井戸の中にいる蛙はずっと狭い世界しか見たことがなく海を見たことがないため、視野が狭い」と、正にそういう意味です。
しかし、日本に伝わってから、「されど空の青さを知る」が後に付いたそうです。
狭くて暗い井戸の中から、「あぁ、この空はどれだけ広い(深い)んだろう、いつかはこの空に飛び出してみたいなぁ」と、丸く切り取られた青い空を見上げている蛙の姿を想像します。
「井の中の蛙」は、いつか大空へ!
