
パラリンピックの起源は1948年、医師ルードウィッヒ・グッドマン博士の提唱によって、ロンドン郊外のストーク・マンデビル病院内で開かれたアーチェリーの競技会です。第2次世界大戦で主に脊髄を損傷した兵士たちの、リハビリの一環として行われたこの大会は回を重ね、1952年に国際大会になりました。
さらに1960年のローマ大会からはオリンピック開催国で、1988年のソウル大会からはオリンピックの直後に同じ場所で開催されるようになります。当初はリハビリテーションのためのスポーツだったパラリンピックですが、現在はアスリートによる競技スポーツへと発展しています。出場者も「車いす使用者」から対象が広がり、もうひとつの(Parallel)+オリンピック(Olympic)という意味で、「パラリンピック」という公式名称も定められました。
東京都オリンピック・パラリンピック準備局
冬季オリンピックが終わった後、パラリンピックの開催を待たずして、奇しくもロシアのウクライナ侵攻。
「第2次世界大戦で主に脊髄を損傷した兵士たちの、リハビリの一環として行われた」ことに起源を持つスポーツの祭典は、今再びその意義を世界中に問いかけている気がします。

受験が終わったばかりの中学3年生の旭っ子たち。
明日が合格発表だそうです。
みんな頑張ったことでしょう。春一番に吹かれながら、晴れ晴れとした笑顔でした。
この子たちに平和で希望溢れる明日を約束するのが、私たち大人の責任ですね。

昨日の勉強会に参加した目的は、「子ども達を守りたい」、それだけです。
日本国中に、同じ気持ちの政治家が400人余りいました。
ミーティングに参加した人数以外にも沢山いるはずです。
考え得る全ての手段で子ども達を守る。動物はおろか生物は全てその一つの目的の為に、つまり種の保存の為に生かされているのです。

早朝、サッカーボールと一緒に隣家の錦鯉池に飛び込んだ愛犬を洗う。
お店オープン前に、藤田さんちの無農薬野菜の畑をみせてもらって、箱一杯のジャガイモを頂く。
明日の本会議の質疑通告を持って、市役所に滑り込む正午前。
釣り船のお客さんから赤い釣果を買った、おやつ時。
5~11才のワクチン接種開始に、泉大津市長の呼びかけで開かれた「生命科学講座」を今、聞き終える。
今日は、子ども達の健やかな成長を願う日。
平和に慌ただしく過ぎた一日に感謝しながら、戦禍の子ども達に思いを馳せる。

「米粉の話」を伺いに、萬歳の大新食品株式会社さんへ。
衛生管理の徹底したプラントを見学して、米粉製品が出来上がるまでの作業工程の効率化に感激。
まち起こしに情熱を傾けて、実績を積み上げた高木社長の話しに刺激を受けたのは言うまでもなく、私たちの「旭のお米を使った米粉を製品化したい」という思いを具現化するための提案まで頂き、心から感謝です。
今日、「米粉に願いを」、一歩前へ。
