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活動報告

「舞鶴引き揚げの日」

▼終戦後、旧満州などにいた約60万人もの日本人が、ソ連領内に点在する捕虜収容所に連行された。酷寒下での強制労働と栄養失調で約1割の人が死去したといわれる。今日は「舞鶴引き揚げの日」。引き揚げ第一船「雲仙丸」が、釜山から約2100人を乗せて京都・舞鶴港に入港した日である。その後も引き揚げは続いたが、3万7000柱もの遺骨が今もユーラシア各地で眠っている。(『シベリア抑留』岩波新書)▼戦後の平和は、多くの人の犠牲の上に成り立っている。それを忘れて安住していないか。自省をする。

日本農業新聞 四季:2024.10.7

生前の母から、戦時中の話しをずいぶんと聞いていた。叔父は、カラオケに行くと必ず「岸壁の母」や「瞼の母」を歌っていた。

語り継ぐ人がいなくなっていく今、戦争を知らない私たち世代は、平和の有難さや平和ボケの危険さを、どうやって次世代に伝えていくのか。

原爆の日、終戦の日、引き揚げ船の日。

私たちが、絶やさず語り継いでいかなくてはならない日です。